本の中身を読まずに読書感想文を書いてみる

椋鳩十 「大造じいさんとガン」を読んで

                同志社高校 増田 真知宇

  生きる!ということの素晴らしさに感動しました。

ガンが次々と転移し、死が足音を立てて忍びよる中で、
主人公の大造じいさんが 残雪の光さす窓辺の病床で
革命いまだ成功せず
もっと光を!」
と叫ぶシーンです。

また大造じいさんが多くの辞世の句
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちるとも 留め置かまし大和魂」
「面白き ことも無き世を面白く 住み成すものは心なりけり」
「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 大和うるわし」
「人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」
「浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の苔に残して」
「露と落ち 露と消えにし わが身かな 難波のことも夢のまた夢」
をスラスラと詠んだ才能に感動しました。

 僕も大造じいさんに負けないように
精一杯 人生を生きようと思います。
 




壺井栄 「二十四の瞳」を読んで

                  1部法学部法律学科 増田 真知宇

  この物語は、小豆島で女教師をしている
今年で24歳の誕生日を迎えた
主人公の瞳さんが(以下略)・・・・


浅田次郎 「鉄道員ぽっぽや)」を読んで

                 同志社高校 写真部部長 増田 真知宇

  主人公の高倉健は、北海道の幌舞(ほろまい)線の終着駅である
幌舞駅で 駅長さんをしています。
高倉健は定年退職の年を迎え、また幌舞線も廃線の時を迎えようとしていました。

  高倉健は とても仕事熱心で
妻 大竹しのぶが、娘 広末涼子を出産した数か月後に病死した時も、
娘 広末涼子が2年前に死んだ時も
仕事で駅に立ち続け、看取ることが できませんでした。

ある日「忘れ物の人形を取りに来た」と1人の少女が現れます。
しかし その少女も人形を忘れていき、その少女の姉を名乗る人物が現れます。
その姉も人形を置き忘れ、さらにその姉を名乗る女性がやってきます。
娘の広末涼子は 自分が成長する姿を もう一度 父 高倉健に見せてくれたのです。

その翌朝、雪のプラットホームで倒れて死んでいる高倉健が除雪車に発見されます。

九州の筑豊の炭鉱が閉山となり、北海道の幌舞炭鉱へ出稼ぎに来て、酒場でケンカしたり、
最期は炭鉱事故に巻き込まれた 志村けんが かわいそうでしたが、
しかし事故はザ・ドリフターズの「8時だヨ!全員集合」のセット破壊にしか見えませんでした。

セーラー服姿の広末涼子が かわいかったです。


黒柳徹子 「窓際のトットちゃん」を読んで

                       成基学園     増田 真知宇

 いい歳をした中年男性サラリーマンが
「窓際族」として窓際へ追いやられ、
さらに「トットちゃん」などという屈辱的な あだ名を付けられたところに、
現代のリストラの悲哀を感じました。

 しかし、本の「あと書き」を読むと、
この物語は著者 黒柳徹子さんの自伝であるという。
とすると作中の中年男性サラリーマンは黒柳徹子さん自身であるということになる。

 今まで「世界ふしぎ発見」や「徹子の部屋」で何度も見てきましたが
男性であるとは気付きませんでした。

 やはり黒柳徹子さんは
お杉やピーコなど足元にも及ばない
格の違うオカマだと思いました。


夏目漱石 「吾輩は猫である」を読んで

               中学校 2年3組 学級委員 増田 真知宇

 人間としての尊厳を奪われ
「自分は猫である」と言わざるを得ないところに
現代のイジメの凄惨さを感じました。




夏目漱石 「三四郎」を読んで

          小学校 5年4組 学級委員 増田 真知宇

 東京帝国大学(現 東京大学)へ進学するため
九州から上京してきた、柔道六段の姿三四郎が、
必殺「山あらし」を武器に、
ボクサーのウィリアム=リスターを倒し、
右京が原での決闘で 檜垣源之助を倒し、
空手家を倒し、キン肉マンを倒し、
湘北を倒し、ゾーマを倒し、ヨミを倒し、フリーザ様を倒し、
天下一武道会で優勝したことに感動しました。

 東京帝国大学構内で、三四郎が里見美禰子と決闘した池は、
現在も東京大学キャンパス内に「三四郎池」として残っている。





綿矢りさ  「インストール」を読んで

                   中学写真部副部長     増田 真知宇

 私は今まで様々な「パソコン入門書」を読んできましたが
これほど理解しやすく、かつ実用的なものは今まで無かったと思います。

 従来の入門書は、どれも一様に専門用語についての説明が不足しており、
本当の「初心者」に対してのフォローが甘い部分が いくつも見受けられました。

 が、当書は今までパソコンに触れたことがない子供・老人にも わかりやすく書かれており
まさに「入門書」の名に恥じない一冊と言えます。

 著者の綿矢りささんは、当書冒頭において
「この本が、パソコンに馴染みのない人々が
今までマルチメディアというものに対して感じていたであろう垣根を
取り払う手助けになれば嬉しい」と述べているが、
その試みは成功したと言っていいだろう。

平成13年度 文芸賞受賞も当然の運びと言える



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